ボケたの?歳をとったなぁなんて呑気な思いがアダとなる!?

子供が成人したり結婚したりすると、親と離れて暮らす事も多いですよね。兄弟・姉妹が集まる事も少なくなってしまいます。年に数回、数年に1回などくらいしか、みんなが集まる事もなくなってしまいます。みんなが集まった時、「お母さん、ボケたの?」なんて笑って話した事ってありませんか?毎日一緒にいると分からない事も、久しぶりに会うと目立って見えるものです。

会うたびに歳を重ねるお父さん、お母さん。おじいちゃん、おばあちゃんもですね。どんどん老人になって、動きが鈍くなったり、物覚えが悪くなったり。まぁよくある事ですよね。「歳とったねぇ~」なんて言ってからかったりするのもよくある光景だと思います。これが単純に歳をとった事によるボケならばまだいいですが、脳梗塞が隠れている事もあります。

私の母がそうでした。我が家の毎年恒例のお正月明けの、ちょっと遅れた初詣。母が出店が好きで、毎年、連れて行かれてたんです。これは私が結婚してからも恒例行事として続いていました。この日で確か22回目。22年間変わらない道のりです。出店のある道からお参りする場所まで結構長いんですが、母は歩くのが得意でへっちゃらなんです。私はヘトヘトですが…。この日もいつも通り、たくさん歩いて、たくさん食べて、元気いっぱいの母でした。

途中、お手洗いに行った後の事です。22年間、毎年来ている場所です。同じ場所にある、このお手洗いも毎年恒例の場所になっていました。お手洗いはココ!って決まってるんですよね。なので自然にココでお手洗いに行きます。お手洗いから出た時、母が進む方向を間違えたんです。来た道を戻ろうとしたんです。もう1度言います。22年間、毎年、同じ道のりです。

「何、オカン、ボケたん?」って私も姉も笑ってました。ただ、その時の母の顔が本気で「え?違うかしら?」と戸惑っていた様子だったのが少し気にはなっていたんです。その後も別に変わった事はなく、相変わらずよく食べて、よく歩いていました。ただ、これだけです。この一瞬の出来事でした。他に変わった事がなかったので、私も姉も、父も誰もが何も疑う事もなく解散したんです。

次の日の朝、「母が倒れて救急車で病院へ運びました。脳梗塞みたいなのですが…。」と母のパート先から連絡がありました。“脳梗塞”っていうのがイマイチ分かっていなかった私は「そうですか…。ありがとうございます。」とかなり落ち着きまくった態度をとっていましたが、すぐに父から連絡を貰った姉から連絡があり、「すぐに迎えに行くから!」と言われ、『そんなに大変なの?あんなに元気だったのに?』となったのを覚えています。

集中治療室で意識のない母を見て、やはり「なぜ?」という感情でいっぱいでした。この時は『母が死ぬかもしれな』いという事よりも、『昨日、会ってたよな?』なんて自分の記憶がおかしくなったのではないかと思うくらいでした。意識もないし、集中治療室だし、どうにもできないのでネットカフェに行って脳梗塞を調べて、そこで初めて状況を把握する事ができました。

母がお手洗いの後、進む方向を間違えた、それを分かっていなかった…。これを医師に言ってみたところ、これが脳梗塞の“前兆”だった可能性が高い事が分かりました。よく見ていたら他にも前兆があったのかもしれません。少なくとも私たちは前兆を見ています。でも、母が単にボケただけと笑って流しました。私も姉も今の母を見て、あの時の前兆にもっと反応していたら…もしかしたら脳梗塞を防ぐことができていたかもしれません。みなさんは親を歳だからって流す前に、後悔しないように考えてみてくださいね。

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